大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和25年(れ)1178号 判決 1950年12月08日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人鍛治利一、同石橋重太郎上告趣意第一点について。

被告人に殺人の故意、即ち殺意のあったことは原審挙示の証拠(就中被告人に対する司法警察官の訊問調書)によって極めて明らかである。所論は原審が証拠に採っていない他の資料または殺意に関する証拠でない他の原審の挙示証拠を挙げて、原審の殺意の存在に関する事実の認定を非難するものであって、採用の限りでない。

同第二点について。

原審が、所論楠ハルヱの証言を証拠に採ったのは、本件犯行に至るまでの犯行の動機原因並びに経緯に関する原判示の事実を明らかにせんためであって、殺意の有無に関するものでないことは、その摘録挙示した証拠内容自体に照しまことに明瞭である。論旨は理由がない。

同第三点について。

原審が、所論三人の証言を証拠に採ったのは、犯行の現状と被害者の被害並びに死亡の事実を明らかにせんがためであって殺意の有無の点に関するものでないことは、これまたその摘録挙示した各証拠の内容に照し極めて明瞭である。そして堀尾、岡本の証言中原審が摘録挙示した部分と爾余の部分とは可分的のものであることは所論摘録の右各証人の証言自体によっても明らかであるから、原審が右両証人の証言中より犯行現場に関する部分の供述記載のみを証拠に採っても何等の不合理は存しないのである。論旨は何れも理由がない。

同第四点について。

原判決はその挙示引用の各証拠を綜合して被告人の本件犯罪事実を認め得るとしたのである。そして裁判所が被告人の自白とその他の証拠とを綜合して犯罪事実を認定するにあたっては、その犯罪事実の全部にわたって自白以外の補強証拠を必要とするものではなく犯意の如き犯罪の主観的要件に属する事実については、それがたとえ被告人の唯一の自白を採って証拠としても憲法第三八条第三項(及び本件に適用ある刑訴応急措置法第一〇条三項)に反しないこと当裁判所屡次の判例とするところである。(昭和二二年(れ)一五三号同二三年六月九日大法廷判決、昭和二四年(れ)二二九八号同年一二月二四日第二小法廷判決、昭和二三年(れ)一九五三号同二四年四月五日第三小法廷判決)論旨は理由がない。

同第五点について。

所論の楠ハルヱについては、同人は第一審公判廷外において証人として喚問され、その訊問には弁護人が立会い(被告人は勾留中で立会っていない)所要の訊問を裁判長に求めていること記録上明瞭である。かようにこの証人の供述については既にその訊問調書作成の当時弁護人に対し反対訊問の機会が与えられているのであるから、右同人を第二審である原審が一旦証人として喚問すべき旨決定した後事情により右決定を取消した上、第一審における同人の訊問調書中の供述記載を証拠に採っても所論憲法第三七条第二項に違反するものではない。このことは当裁判所大法廷判例の趣旨に徴し明らかである。(昭和二四年(れ)七三一号同二五年三月一五日、昭和二五年(れ)二七三号同年一一月一五日各大法廷判決参照)そして以上の理は右楠ハルヱが第一審証人当時は被告人の妻であったため宜誓適格のない証人であったが第二審当時は被告人と離婚し、したがって宜誓適格者となった場合であっても、その理を異にするものではないと解するを至当とする。論旨は採るを得ない。

よって、裁判官全員一致の意見により刑訴施行法第二条旧刑訴法第四四六条にしたがい主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例